蛍光干渉を克服する「タイムゲートラマン分光法」:SERSと組み合わせる新たな選択肢

Timegateラマン分光法 レビュー
Martin Kögler氏とBryan Heilala氏による技術レビュー"Time-gated Raman spectroscopy – a review"が、Measurement Science and Technology に掲載されており、ここでは、Timegateラマン分光技術の歴史と現在、将来の展望について紹介されています。全文は、こちらからどうぞ→💁
蛍光干渉を克服する「時間ゲートラマン分光法」
ラマン分光法(Raman spectroscopy)は、物質の分子構造を非破壊・非接触で解析できる優れた分析手法です。しかし、その測定原理には一つの大きな課題がつきまといます。
それは、ラマン散乱の効率が極めて低いこと。
例えば、レーザー励起によって放出される光子1,000万個(10⁷個)のうち、ラマン散乱として返ってくるのはたった1個程度とされています。この希少な信号を得るには、極めて高感度かつ高選択的な検出が不可欠です。
そんな中で特に悩まされるのが、「蛍光」の存在です。ラマン信号よりも何桁も強い蛍光が出てしまうと、ラマンピークは完全に埋もれてしまい、測定そのものが不可能になることもあります。
Timegateラマンとは? 蛍光を避けラマン信号だけ狙う技術
この問題に真正面から取り組んだのが、「時間ゲートラマン分光法(Time-gated Raman spectroscopy, TG-Raman)」です。
TG-ラマンの基本的な考え方は、「ラマン信号はすぐに出る、蛍光は少し遅れて出る」という時間差に着目したことです。具体的には以下のような原理で動作します:
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ラマン散乱:レーザー照射からピコ秒スケールで瞬時に発生
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蛍光:ナノ秒スケールで遅れて発生
※Timegate(TG)はノイズ除去を目的とした時間選択的測定法。Time-Resolved(TR)は時間変化を観察するための時間スキャン測定法。TG装置を使ってTR的な測定を行うことは技術的に可能であり、応用範囲は重なっている。
TG-Ramanではこの時間差を利用し、レーザー照射後のごく短い時間窓だけを“ゲート”として開き、ラマン信号だけを検出します。これにより、蛍光の影響を物理的に遮断することが可能となります。
Timegateラマンはどれほど効果があるのか?
2020年に発表されたMartin Köglerらのレビュー論文では、TG-Ramanの性能と可能性について多くの事例をもとに検討がなされています。その中で特に注目されたのが、従来のCW-ラマン(連続波ラマン)との比較実験です。
▶ 黄色蛍光タンパク質(YFP)を含むE. coli培養液の測定
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TG-ラマン(532 nm)では、YFP由来の蛍光を抑制しつつ、複数の既知のラマンピークを明瞭に検出。
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一方、CW-ラマン(785 nm)では、蛍光に埋もれて980 cm⁻¹にわずか1つのピークしか観測されず、以降の領域はブロードな干渉で覆われました。
この結果は、蛍光干渉のある試料において、TG-ラマンがCW-ラマンよりもはるかに有効であることを明確に示しています。
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▶ 医薬品粉末の分析
TG-ラマンは、カフェインやインドメタシンなどの医薬品粉末にも適用されており、高蛍光な固体試料においても有用であることが示されています。特に試料に前処理が不要な点、反応容器の外からでも分析できる点は、製薬プロセスとの相性の良さを示しています。
💁インドメタシンとピロキシカムの事例は、”Timegateラマン分光で医薬品の結晶多形同定をより簡単に!”もご覧ください。
SERSとは異なる役割:補完関係としてのTG-ラマン
SERSは、ナノ粒子を用いてラマン信号を数万〜数百万倍に増強する技術であり、極微量の物質検出において非常に強力です。
一方TG-Ramanは、信号を強めるのではなく、ノイズを排除するという点で異なります。両者は競合関係というよりも、補完的な技術と捉えるべきでしょう。
たとえば、「TG&SERS」という両技術を組み合わせたアプローチも実際に提案されています。これは、信号強度と純度の両立を目指すものです。
今後の展望と応用
TG-ラマンは以下のような多様な分野での応用が期待されています:
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製薬プロセスのモニタリング
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生体試料(細胞、組織、バイオリアクター)の解析
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食品・植物・鉱物など、蛍光を発しやすい自然物の測定
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現場でのリアルタイム計測(ポータブル機器の小型化が進行中)
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宇宙探査(例:NASAのMars 2020ミッションに搭載)
まとめ
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ラマン信号は極めて微弱であり、蛍光の影響を受けやすい。
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TG-ラマンは、時間軸を使ってラマン信号だけを抽出する技術。
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Kögler氏ら(2020)のレビューでは、CW-RamanよりTG-Ramanが優れた性能を発揮する事例が示されています。
▶︎ Timegated®テクノロジーの詳細はこちらをご覧ください。
詳細については、ウェブサイトもご参照ください。