DMFからエチルラクテートへ:卓上NMR分析をより安全で環境にやさしく
パイロリシスオイル(熱分解油)の19F卓上NMR解析を安全・持続可能にする生物由来溶媒の提案
近年、化学分析の現場では、「環境負荷の低減」と「持続可能性」が強く求められています。特に、従来型の高磁場超伝導NMR装置は、高精度な解析を可能にする一方で、液体ヘリウム・液体窒素など大量の冷媒を必要とし、維持コスト・運用負荷・環境インパクトという点で課題がありました。
そこで注目されるのが、常温・常圧で動作可能な卓上型NMR装置です。設置が簡便で冷媒不要、日常運用コストも抑えられ、研究室や製造現場への導入が急速に進んでいます。
今回ご紹介するのは、イギリス・アストン大学を中心とする研究グループが発表した
「Introducing bioderived solvents for safer and more sustainable 19F benchtop NMR analysis of pyrolysis oils」 (RSC Sustainability, 2025)という論文です。
※原文は上記タイトルをクリックしてください。
この研究では、バイオマスから得られるPyrolysis Oil(パイロリシスオイル、バイオオイル)中に含まれるカルボニル化合物を、Magritek社の卓上型NMR Spinsolveを用いた 19F NMR で高感度に定量する手法を開発しました。
パイロリシスオイルは将来の再生可能燃料として期待されますが、安定性に影響するカルボニル基の解析は欠かせません。
従来、この誘導体化反応には溶媒としてDMF(N,N-ジメチルホルムアミド)が広く使われてきました。しかしDMFは生殖毒性が指摘されており、欧州では2023年から使用制限が進んでいます。
研究チームは、この課題を解決するため、「生物由来」「低毒性」「生分解性」を兼ね備えたグリーン溶媒の検討に着手。環境負荷の少ないエチルラクテート(ethyl lactate)をDMFの代替溶媒として採用しました。
エチルラクテートは生分解性・低毒性でFDA認可済みという“グリーンソルベント”でありながら、誘導体化反応とSpinsolveによる19F NMR測定の両方でDMFと同等の精度を実現しました。
さらに、水との混合比を調整することで溶媒使用量を削減し、コストと環境負荷を同時に低減できることも示されています。
この成果は、高価な高磁場NMRを用いずに、卓上型NMRだけで環境対応型の高感度分析が可能であることを実証した例です。
Magritek Spinsolveの外部ロック機構により、重水素化溶媒を必須としない点も、持続可能性を後押ししています。
持続可能なエネルギー・化学品開発の流れの中で、化学分析にも「小型・低コスト・低環境負荷」という視点が急速に重要性を増しています。今回のパイロリシスオイル分析の事例は、グリーンケミストリー実践の中で卓上NMRが担える役割を明確に示しています。
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