
嫌気性菌とは、酸素が存在する環境では生育できない細菌のことです。酸素は彼らにとって有害であり、通常は酸素のない場所に生息しています。これらの微生物は人間の体内、特に粘膜部位の常在菌叢に多く存在します。自然界における嫌気性菌は通常無害ですが、本来の生息地から逸脱すると病原性を示すことがあります。嫌気性感染症は一般的な疾患の原因であり、重篤化すると命に関わるケースもあります。さらに、クロストリジウム属のように土壌中に存在する細菌も、人に感染症を引き起こすことがあります。
嫌気性菌がどのように感染を引き起こすかは、まだ十分に解明されておらず、さらなる研究が求められています。ただし、クロストリジウム属については広く研究が進んでおり、破傷風、偽膜性大腸炎、汚染された肉や家禽による食中毒などの原因となることが知られています(Hentges, 1996)。嫌気性菌は病原性だけでなく、工業的にも幅広く利用されています。バイオ燃料、乳製品、発酵食品、醸造、酵素生産など、多岐にわたる産業分野で活用されており、彼らのゲノムには貴重な副産物を生産するためのタンパク質がコードされています(Patidar and Prakash, 2022)。嫌気性プロセスの最大の利点の一つは、エネルギー消費が少ないことです。好気性培養に比べて増殖速度が遅いため、バイオマスの生成量が減り、より多くの炭素が目的物質へと変換され、収率が向上します(Hiang & Tang, 2007)。
しかし、厳密な嫌気条件を維持することは容易ではありません。微量の酸素でも培養に悪影響を及ぼし、結果にばらつきが出たり、培養失敗に至る可能性があります(Justesen & Justesen, 2013)。そこで、バイオリアクターの出番です。バイオリアクターを使用することで、正確なバイオプロセス管理が可能となり、一貫した嫌気条件を保つことができます(Saeed et al., 2023)。
本アプリケーションノートでは、CellMaker Plusバイオリアクターシステムを用いた嫌気性細菌発酵試験のセットアップ、プロセス、および成果について紹介し、その高い信頼性と効率性を科学研究および産業利用の両面から示します。
システム概要
CellMakerは、内蔵のコンプレッサーに加え、外部ガスラインの接続ポートを備えています。これにより、好気性・嫌気性いずれの培養にも最適なガス供給が可能です。
バイオリアクターの組み立て
バイオリアクターの無菌性を保つため、滅菌包装から4つの部品を取り出す際は、クリーンベンチまたは嫌気チャンバー内で、無菌操作を守りながら作業します。
まず、バイオリアクターバッグのガス排気ラインをコンデンサーライナーの入口に接続します。次に、カプセルフィルターをコンデンサーライナー排気ラインとガス供給ラインに取り付け、密閉系を構築します。
ここで、必要に応じて浸漬プローブや培地の充填・回収チューブも取り付けます。
組み立てが完了したら、バイオリアクターをクリーンベンチ/チャンバーから取り出し、CellMakerエンクロージャーにセットします。
なお、8Lエンクロージャーは嫌気チャンバー内に設置し、コントローラーのみ外部に置いてケーブルポートを介して接続することも可能です。
バイオリアクターがエンクロージャーにセットできたら、所定量の培地を注入し、必要な温度まで加熱します。
ガス接続
ガスは、2.5~5バールに減圧された供給源から、標準8mmナイロンチューブを通じてCellMakerコントローラーへ供給されます。
統合コンプレッサー | ガス入力(Aux) | ガス入力(2) | ガス入力(3) | ||
---|---|---|---|---|---|
CellMaker Regular |
ガス | 大気空気 | O₂ | 該当なし | 該当なし |
制御 | ソフトウェア設定値(lpm) |
ソフトウェア設定値 (lpm) |
該当なし | 該当なし | |
CellMaker Plus | ガス | 大気空気 | O₂ | N₂ | CO₂ |
制御 |
ソフトウェア設定値(lpm) &自動制御(DO%) |
ソフトウェア設定値 (lpm) |
手動設定値(lpm) | 手動設定値(lpm) |
※上記は代表的なガス構成例です。プロトコルに応じて他のガスへ変更することも可能です。CellMakerは腐食性でないガスであれば使用できます。
空気供給は、CellMakerコントローラー内蔵のコンプレッサーから行われます。
ガスはコントローラー内で混合され、0.22µmカプセルフィルターを通して無菌状態を保ちながら、バイオリアクターに供給されます。
排気ガスは冷却されたコンデンサー装置を通って水分が除去され、最終的に0.22 µmのカプセルフィルターを通って環境に排気される前に、ヒュームキャビネットまたは排気装置へ排出されます。
通常大気中に排気する場合は、逆流防止のため、排気ラインに逆止弁を取り付けることを推奨します。
嫌気性細菌の培養手順
ステップ1:ガス接続
-
CellMaker Regular:O2供給ラインを嫌気性ガスまたは混合ガスに置き換えます。
-
CellMaker Plus:同様にO2供給ラインを嫌気性ガスに置き換えます。標準外の混合ガスを使用する場合は、「O2/Aux」ラインを使って少量成分ガスを制御し、「N2」「CO2」用のガス入力2/3で主成分ガスを供給します。
DOプローブを使用する場合は、使用前に校正を行ってください(詳細は取扱説明書参照)。
ステップ2:空気供給停止
システムのエアインレットを完全に閉じ、エアポンプからの酸素流入を防ぎます。具体的には:
-
「Air」ロタメーターを完全に閉じる
-
CellMakerソフトウェア上で「Air Flow (lpm) SP」設定値をゼロにする
ステップ3:嫌気性ガス供給開始
-
CellMaker Regular:
「O2/Aux」ロタメーターを全開にし、ソフトウェアで希望するガス流量を設定します。 -
CellMaker Plus:
「O2/Aux」および必要なガス入力を全開にし、同様に流量設定します。ガス供給を開始するには、CellMakerソフトウェアの「Run」ボタンを押します。ガス入力2/3からの供給も必要に応じて調整可能です。
ステップ4:培養
菌を接種する前に、通常20〜30分間のスパージング(ガス置換)を行い、系内の酸素を除去します。
CellMakerのレシピモード機能を活用すれば、「O2/Aux」ラインの流量制御、スパージング間隔、バッチ培養、消泡剤添加を自動化できます。
スパージングの時間、期間、流量は、目的に応じて最適化してください。
「O2/Aux」ラインの質量流量制御装置(MFC)は、0.3~10 lpmの範囲で柔軟な制御が可能です。
※DOプローブを使用している場合は、スパージング前に嫌気性ガスで校正し、その後の培養中に嫌気条件をモニタリングできます。
まとめ
CellMakerバイオリアクターは、厳密な無酸素環境を維持できるうえ、非腐食性ガスへの柔軟な対応が可能なため、嫌気性発酵に最適なソリューションです。
嫌気性メカニズムの研究から有用副産物の量産化に至るまで、幅広い用途に対応し、科学研究・産業応用の両面で高精度なバイオプロセス制御を実現します。
References
Hentges, D.J. (1996) ‘Chapter 17 Anaerobes: General Characteristics’, in Medical Microbiology. 4th edn. Galveston, Texas: University of Texas Medical Branch at Galveston.
Huang, W.-C. and Tang, I.-C. (2007) ‘Bacterial and yeast cultures – process characteristics, products, and applications’, Bioprocessing for Value-Added Products from Renewable Resources, pp. 185–223. doi:10.1016/b978-044452114-9/50009-8.
Justesen, T. and Justesen, U.S. (2013) ‘A simple and sensitive quality control method of the anaerobic atmosphere for identification and antimicrobial susceptibility testing of anaerobic bacteria’, Diagnostic Microbiology and Infectious Disease, 76(2), pp. 138–140. doi:10.1016/j.diagmicrobio.2013.02.014.
Patidar, P. and Prakash, T. (2022) ‘Decoding the roles of extremophilic microbes in the anaerobic environments: Past, present, and future’, Current Research in Microbial Sciences, 3, p. 100146. doi:10.1016/j.crmicr.2022.100146.
Saeed, M.U. et al. (2023) ‘Microbial Remediation for Environmental Cleanup’, Advanced Microbial Technology for Sustainable Agriculture and Environment, pp. 247–274. doi:10.1016/b978-0-323-95090-9.00010-8.