技術系ブログ

多核 NMR による還元剤の解析

作成者: ほらいぞ|Feb 16, 2026 3:53:04 AM

多核 NMR による還元剤の解析

ホウ素化合物は、有機化学、医薬品、農業、セラミックス、難燃剤、防腐・防黴剤、原子力分野など、幅広い分野で応用されています。

ホウ素含有化合物の一般的な分析手法としては、ICP-MSや比色法が挙げられます。

ICP-MS は高感度で低検出限界を有する一方、装置の維持管理コストが高く、小規模な研究室には必ずしも適していない場合があります[1]。

比色法や滴定法は濃度測定には有用ですが、混合物中の個々の成分を同定することが困難です。

近年、ホウ素の利用拡大に伴い、より高度な分析技術への需要が高まっており、核磁気共鳴(NMR)分光法は、複雑な混合物中であってもホウ素含有化合物の迅速な同定、検証、定量を可能にする手法として注目されています。

Merck & Co による最近の報告では、ベンチトップ NMR 装置 Spinsolve を用いて、肺炎球菌結合型ワクチン(PCV)のバイオコンジュゲーション工程における還元剤 トリアセトキシホウ素水素化ナトリウム(Sodium triacetoxyborohydride, STAB)in situ で解析する堅牢な定量 NMR 法が示されています。[2]原文リンクはこちらからご覧下さい。

要約抜粋 : 定量 NMR 法を用いて STAB の活性および組成を迅速に評価する手法を開発し、これらの知見をバイオコンジュゲーション工程の理解向上に応用した。その結果、STAB の合成時に反応温度を低下させることで、ジアセトキシホウ素水素化ナトリウム(Sodium diacetoxyborohydride:SDAB)を多く含む、より高活性な還元剤が得られることが明らかになった.....

本アプリケーションノートでは、Spinsolve 90 ULTRA 分光計を用い、プロトン化 DMSO 溶媒中における各種 STAB 混合物について、¹H および ¹¹B の 1D NMR 測定ならびに多核デカップリング手法を用いた解析例を示します。

実験条件

水素化ホウ素ナトリウム(NaBH₄)は酢酸(AcOH)と反応すると、水素ガスを発生し、酢酸の当量数および反応条件に応じて対応するアセトキシホウ素水素化ナトリウム種を生成する(式1)[3]。

NaBH₄ と酢酸のモル比を変化させた試料を、プロトン化 DMSO 中で調製しました(表1)。

水素ガスの発生が完全に終了した後、混合物を NMR チューブに移し測定を行いました。

表1. 試料情報

 

NMR 測定結果および考察

まず、試料1について、¹H および ¹¹B 核に対し、デカップリングの有/無の 1D NMR 測定を行った。

NaBH₄ の ¹¹B NMR スペクトル(図1A)では、隣接する4つのプロトンとのスピン結合に由来する五重線(クインテット)が観測される。¹¹B{¹H} デカップリングを適用すると(図1B)、¹H–¹¹B カップリングが除去され、シグナルは単一ピークとなり、同時に感度が向上する。このような ¹¹B{¹H} 測定によるシグナルの収束は、反応中に生成する新規ホウ素種のシグナルが重なり合う場合に特に有効である。

¹H NMR スペクトル(図1C、1D)では、¹⁰B および ¹¹B の両方の NMR 活性同位体との結合により、より複雑な分裂パターンが観測される。四極子核である ¹¹B(スピン 3/2、天然存在比 約80%)とのカップリングにより、–2 ~ +1 ppm の領域に 1:1:1:1 の四重線(図1C 中の ¹¹B サテライト)が現れる。同時に、スピン 3、天然存在比 約20% の ¹⁰B とのカップリングに起因する、より弱い 1:1:1:1:1:1:1 の七重線が –1.5 ~ +1 ppm に観測される。

¹¹B デカップリングを適用した ¹H{¹¹B} 測定では、四重線は単一ピークに収束し、¹H–¹⁰B カップリングに由来する七重線のみが残る。

図1. 試料1(DMSO 中の NaBH₄)の 1D NMR スペクトル
(A) ¹¹B、(B) ¹¹B{¹H}、(C) ¹H、(D) ¹H{¹¹B}

酢酸を 0.5 当量添加した試料2では、未反応の NaBH₄ に加え、複数のアセトキシホウ素水素化ナトリウム種が生成した(図2)。

この領域では、溶媒 DMSO の ¹³C サテライトピークが 1.74 ppm 付近のアセチルプロトンシグナルと重なり、さらに溶媒シグナルの裾がベースラインを歪ませていることが確認された。

¹H{¹³C} WET 溶媒抑制法を適用すると(図2 青線)、2.50 ppm の DMSO シグナルが大幅に低減され、アセチルシグナル周辺のベースライン分離が改善された。また、¹³C サテライトも除去された。このことから、明瞭で同定可能なアセチルプロトンシグナルを得るためには、¹H{¹³C} 溶媒抑制測定が必要かつ十分であることが示された。

 

NaBH₄ 単独試料および各 AcOH/NaBH₄ 混合物について得られた ¹H{¹³C} WET 溶媒抑制スペクトルを図3に示す。これらのスペクトルは、Merck による報告[2]の STAB 混合物スペクトルとよく一致している。

1.75 ppm 付近に観測される3本のシングレット(アセチル基に対応)の相対比は、酢酸当量の増加に伴って変化した。0.5 当量では比率が 1.0 : 2.5 : 1.1、1.0 当量では 1.0 : 2.8 : 2.7、1.5 当量では 1.0 : 6.6 : 7.7 となった。

特に 1.74 ppm および 1.78 ppm のピークは、高当量条件下でほぼ 1:1 の比率を示した。

また、–2 ~ +1 ppm に観測されていた BH₄⁻ のプロトンシグナルは、1.5 当量の酢酸を加えた試料では完全に消失した。これらの変化は、酢酸量の増加に伴い NaBH₄ が消費され、同時にアセチル基がホウ素中心に段階的に置換されていることを示している。

図2. 試料2(AcOH 0.5 当量)の重ね合わせスペクトル
赤:¹H{¹¹B}、青:¹H{¹³C}(WET 溶媒抑制)

図3. ¹H{¹³C}(WET 溶媒抑制)スタック表示
(1) NaBH₄、(2) AcOH 0.5 当量、(3) AcOH 1 当量、(4) AcOH 1.5 当量

新規ホウ素種の生成を確認するため、¹¹B{¹H} NMR 測定を実施した(図4)。

試料2では、新たに2本のホウ素シグナル(A、B)が観測された。酢酸を 1.5 当量まで増加させると、さらに第3のホウ素シグナル(C)が出現した。一方、NaBH₄ に由来する鋭いホウ素シグナルは、試料4では完全に消失した。この結果は、DMSO 中でのAcOHとの反応によりNaBH₄が完全に消費されたことを示している。

図4. ¹¹B{¹H} スタック NMR スペクトル
(1) NaBH₄、(2) AcOH 0.5 当量、(3) AcOH 1 当量、(4) AcOH 1.5 当量

結論

本アプリケーションノートでは、Spinsolve ベンチトップ NMR がホウ素化学種の解析および反応モニタリングに極めて有効であることを示した。¹¹B{¹H} および ¹H{¹³C} WET 溶媒抑制 NMR 実験を組み合わせることで、混合物中に存在する複数のアセトキシホウ素水素化ナトリウム種を、ほとんど前処理を必要とせずに分離・同定・定量することが可能であった。

この手法は、試薬挙動の理解を深めるだけでなく、化学プロセスの制御および最適化に対して有用な分析情報を提供する。

Magritek関連資料は、下記もご覧ください。

 

References

[1]       M. TC and A. Jones, “Determination of Boron Content Using a Simple and Rapid Miniaturized Curcumin Assay,” Bio. Protoc., vol. 8, no. 2, 2018, doi: 10.21769/BioProtoc.2703.

[2]       M. L. Smith et al., “Elucidating the Critical Attributes of Sodium Triacetoxyborohydride to Tune Glycoconjugation via Reductive Amination,” Bioconjug. Chem., vol. 36, no. 11, pp. 2381–2388, Nov. 2025, doi: 10.1021/acs.bioconjchem.5c00377.

[3]        A. V. Panfilov, Yu. D. Markovich, A. A. Zhirov, I. P. Ivashev, A. T. Kirsanov, and V. B. Kondrat’ev, “Reactions of Sodium Borohydride in Acetic Acid: Reductive Amination of Carbonyl Compounds,” Pharm. Chem. J., vol. 34, no. 7, pp. 371–373, Jul. 2004, doi: 10.1023/A:1005221508362.